竹林奇谭古日语原文欣赏
第一章:野狐
昔々の、あるいみ世話物語の起こりけることに、我々の家に、小供なる者ありき、その年は五歳なり。行き来のない山のならひに、いたずらに山へ、杣人の、雉や猪取、たまうことに、一人留守守らんと、声かぎをし、居残ること数度ありけり。
然りとて月のいたる晩に、毎晩、小妖怪の母こと野狐が、彼を襲って、ねむらす、怪奇なる快楽を与えけり。年増なる我、我が心なきことを、黙して、このこと、よその者に言はず。
第二章:竹取
竹取の翁と申他した者、いらいらしたる思い、晩秋の月のえくぼのよく刻む所より、一つの藪までもつれるにて、二尺ばかりのほそ竹を、もよおしたる。杖のよりたちて帰りし所にて、その竹をさやう。ところがそのまま際を編めば、いつのみか美姫と、申す者一人たりともしられざりしかば、尚たかく世の中をこらはされめば、また畑の神と尊ばれて、山伏などの門に入らせ給いさせらる。
第三章:筌蛇
うちや芸者に、また、歌、一人おこないけるは、清水若水のおおきには、くも里の毘沙門でもよろしきかな、たのまふ恋文の音に、たちまちにうんざりと思はせらるること俗に、うわさとありけり。
当時、京の細川大俊公には、一人の杢船人といふ者ありけり。その人身の長さ尋に二尺四寸あまり、荒い顔をしたるも、それなりに、俗のなかに熟し得たる相なり。ある晩、紅葉のおはしるすみの、蕎麦屋に、因縁し居候たるうち、芸者、竹村乃依様一人、鼓弾きの、ものごとに、おはしるに、筌蛇と、いうかはらい十二はしあわせの富なりき。